マイクロソフト(以下、「MS」)のブラッド・スミス副会長は、アクティビジョン・ブリザードの買収計画が実現した場合、今後10年間は『Call of Duty』(以下、「CoD」)シリーズ新作のPlayStation版を、Xbox版と同じ日に発売する契約を申し入れたとの声明を出しました 。
つい先日もMSは「PlayStationに10年はCoDシリーズを供給」を申し出たと明らかにしていましたが、そちらはThe New York Times(以下、「NYT」)を通じて、しかも新作の内容に言及はありませんでした。今回はスミス副会長が自らの筆によりThe Wall Street Journalに寄稿、しかも「Xbox版と同じ日」に同じタイトルのプレステ版を発売すると具体性を増しており、より踏み込んだ格好となっています。
その箇所を改めて引用すると「我々はソニーに対し、CoDの新作をXboxと同日にPlayStationでも発売する10年契約を提示しました」とのこと。
さらに「他のプラットフォームにも同じ約束をし、米国、英国、欧州連合の規制当局によって法的強制力を持たせることに前向きです」とまで言っています。
しかし、この声明がもっぱらソニーに向けられていることは、MSのアクティビジョン買収に関して「ソニーは、最も大きな反対勢力として登場した」と述べられていることでも明らか。その上に「Netflixの出現がブロックバスター社を刺激したように、ソニーもこの(アクティビジョン・ブリザード買収の)取引に対して躍起になっている」とも付け加えられています。
このブロックバスター社とは、ピーク時には9000以上の店舗があった世界最大のレンタルビデオチェーン店のこと。動画ストリーミング大手Netflixの台頭により駆逐されてしまった存在(この文脈ではMS=勝者のNetflixの位置づけになることもあり)を、わざわざ引き合いに出すところに何かの感情が漏れ出ている印象もあります。
こうしたメッセージを、最近MSは頻繁にソニー向けに送り出しています。上述のNYT経由のほか、Xbox部門トップのフィル・スペンサー氏も「ソニーも規制当局も納得するような長期的なコミットメントをすることは、全く問題ない」と述べていました 。
当初MSはCoD新作のプレステ供給につき、ソニーに対して「現行の契約が終わった後、3年間」と申し出ていました。それに同意が得られなかったため、今度は2027年までは提供し続けることを保証。
そうした文書をやり取りするなかで、実はMS・ソニーともに次世代ゲーム機の発売時期を2028年以降と考えていることが明らかになる一幕もありました。
そこから「今後10年」、おそらく2032年~2033年まで数年単位の延長、というよりは次世代の「PS6」まで視野に入れてCoD新作の提供を申し出たことは、大幅な譲歩には違いありません。
なぜMSがこれほど気前の良いオファーをしたのかといえば、スミス副会長が自ら冒頭で述べているとおり「米連邦取引委員会(FTC)が、わが社が提案したアクティビジョン・ブリザードの買収を阻止するため、MS社を提訴する予定だと報じられている」ためでしょう。
アクティビジョンの買収を完了するには世界各国の規制当局に承認を得る必要がありますが、その本丸ともいえる米国で計画が危機に晒されているからです。
ほかWSJへの声明でスミス氏が述べていることは、MSの特設ページで主張されていることを繰り返すのみで、特に目新しさはありません。「私たちのXboxは家庭用ゲーム市場で依然として3位」「モバイルゲーム業界では、意味のある存在感はありません」「モバイルゲームの収益のほとんどはGoogleとアップルに流れている」と自らの弱さを強調する姿勢に徹しています。相変わらず、とも言えます。
また英規制当局のCMAも、アクティビジョン買収計画を精査することを仄めかしています。これに対してMSは、CMAの懸念は「検討違い」と表現し、規制当局が「消費者への潜在的な損害を考慮せずにソニーの訴えを採用」と抗議していました。
もしもFTCやCMAがソニーの意見に耳を傾けすぎているのなら、ソニーがMSの10年契約を受け入れることで大きく事態が動くはず。
が、仮にソニーがイエスと言ってもFTCやCMA、さらにはEUの規制当局が買収計画の却下に傾くのであれば、これを機にパワーを持ちすぎたハイテク巨人を規制しようとする政府の意向が予想以上に大きいのかもしれません。