ソニーWF-1000XM5レビュー「で、実際のところどうなの?」最上位ワイヤレスノイズキャンセルイヤホンの実力を探る(本田雅一)

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本田雅一

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ジャーナリスト/コラムニスト

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ネット社会、スマホなどテック製品のトレンドを分析、コラムを執筆するネット/デジタルトレンド分析家。ネットやテックデバイスの普及を背景にした、現代のさまざまな社会問題やトレンドについて、テクノロジ、ビジネス、コンシューマなど多様な視点から森羅万象さまざまなジャンルを分析。

特集

ソニーのフルワイヤレスイヤホンWF-1000XM5が発表された。実際に出荷されるのは少し先のことになるが、モデルチェンジ直前まで好調に売れていた第四世代モデルWF-1000XM4の弱点をカバーし、機能、性能、音質などあらゆる面でライバルを上回るものになった。価格は少しだけ上がったが、わずかな価格上昇など気にならない、極めて隙のないアップデートだ。


昨日やスペックなどの向上、どのような改良が行われたのかなど、包括的なアップデート内容については、数多くの記事で伝えられているはずだ。


そこで音質を中心にした「体験の質」について、インプレッションを中心としたコラムとして書き進めていきたい。もちろん機能や改良点のポイントは抑えるが、あくまでも話の筋は「で、実際のところどうなのよ?」という、ユーザーとして感じるところになる。

結論から言えば、今、高品位な完全ワイヤレスステレオ(TWS)を選びたいならば、第一選択肢としてアップルのAirPods Pro(第二世代)と共にリストに並べるべき製品だ。

音質に関してはAirPods Proを圧倒しているが、一方で悩ましい部分もある。悩ましい部分に関しては、最後に書き添えるが、まずはファーストコンタクトの印象から始めよう。

抜群の装着感と装着安定性

世界最高のノイズキャンセリング能力を備えていることが喧伝されているが、実は本機を使ってみて最初に驚かされるのは、そのサイズの小ささだ。ドライバサイズが大型化されているにも関わらず大幅に小さく、軽くなり、何よりも高さが低く(耳からの出っ張りが少なく)なっている。

イヤホン本体は20%軽くなり、体積は25%小さくなっている。

9ミリ直径の空間に主要コンポーネントをスタックする設計とし、それを前提に薄型大口径の8.4ミリドライバ、バッテリ、円型基盤にチップを組みつけたSiP、円型の無線アンテナなどを設計。

汎用部品を選ぶのではなく、最初から最終製品をどうしたいのか、意思を持ってコンポーネントの仕様を決めているところに気合が感じられる。

軽くなれば安定するのは当然だが、本体を支えているイヤーピースから本体重心までの距離も短くなることで、さらに安定感が上がっているのだろう。単体で見ると、あまり大きくデザイン変更がされていないように思えるが、実物を比較すると大きく異なることがわかるはずだ。

個人差もあるだろうが、耳からの出っ張りが小さくなったことで、本機を装着したまま飛行機の中で眠りたいなんて時にも邪魔になりにくそうだ。

この軽さや安定感も、装着感を向上させている大きな要素だが、そこにダメ押しするのがシリコンイヤーチップとウレタンフォームチップの両方の良さを兼ね備えた独自のイヤーチップだ。

このタイプのイヤーチップはWF-1000XM4から採用されているが、今回はSSサイズが追加されると共にチップのスカート部分が薄く仕上げられ、装着時の感触、長時間装着し続けた時の違和感、圧迫感がかなり緩和された。

この点はAirPods Proも良い出来をしている。敢えて言えば、「軽快な装着感」というかなり感覚的で曖昧な表現にはなるが、本機の方が印象は良かった。これは個人差もあるだろう。

装着が外れない安心感は本機の方が上だと思うが、耳穴への当たりの感触はAirPods Proの方がややソフトな印象もある。

ただ、いずれも業界全体の水準からすればトップクラスであることに違いはない。

ノイズキャンセリング能力

イヤホンの場合、ドライバ径を大きくできるオーバーイヤー型ヘッドフォンに比べ、低域でのアクティブノイズキャンセリング(ANC)能力は高めにくいが、低域再生能力を高めた8.4ミリドライバの能力と、新しいノイズキャンセリングチップのおかげか、確かにWF-1000XM4に対して体感的にも明らかな向上が感じられる。

”世界最高”のキャッチコピーや、前モデルに比べ20%の改善という数字は、JEITAで決められたホワイトノイズの特性に対して、どこまでノイズ低減エネルギー削減できるかを計測したものだとか。

とはいえ、こうした数字はユーザーにとってあまり大きな意味を持たない。

WF-1000XM4と比べた場合の違いは、(当然、全体にノイズ削減量も増えてるのだろうが)より低い音から高い音にまで幅広く効くようになったことだ。

低域に関しては”あまり効いてなかった”帯域で明確に低減効果が体感できるようになり、高い音に関しては人の声も一部の高い帯域を除くと大きく下げてくれる。

人の声への作用が大きくなったことで、周りで話をしている人の声が、高い音の成分だけ不自然な音色で耳に届くが、全体の静けさは明らかだ。

幅広い帯域に作用するという意味では、AirPods Pro第2世代モデルの動作に近い。厳密にはソニーの方が幅広いのかもしれないが、体感的には両者とも同じぐらい広い周波数帯でノイズを下げてくれる。

トータルでの静けさは本機が上回ってると感じることもあるが、日常的な利用シーンでの違いを感じることはないだろう。

マイクについては、本機は骨伝導センサーとマイクを併用して、騒音が大きい中での通話やオンライン会議でも、相手にクリアな音声を届けることができる機械学習での背景音消去が加わった。自分自身でそれを感じ取ることはないだろうが、通話時のノイズ除去品位の向上は見逃せないポイントだ。

「システム全体」の品位向上が音作りを変えた

さて肝心の音質に関してインプレッションをお伝えしよう。

「音質」の評価ではLDACによるハイレゾ対応やDSEE Extremeによるアップサンプリング、あるいは新設計ドライバなどの話も必ず出てくるが、現実の音品位や質はシステム全体でどう味付け、チューニングがなされるかの方がよほど重要だ。

前モデルのWF-1000XM4と、そのさらに前のWF-1000XM3の違いは、スペックよりもその音作りの差が大きかった。XM3はシステム全体では情報量が少なく、S/Nもよくない中でエネルギーに満ちた中低域やガッツある前に出るチューニングが施されていたが、音像の描写は太書きで、悪くいえば大雑把だった。

対するXM4はずっとナチュラルで、XM3ほどの元気さがないといえば聞こえは悪いが、より真っ当に音楽そのものの表情を見せる作りになったのが驚きだった。当時のTWSは、まだそこまで本格的にハイファイステレオ調のチューニングできるほど、システムの質が高くなかったからだ。

その後、業界全体で音質の底上げは進んでいるが、WF-1000XM5ではさらにシステム全体のS/N、歪みが抑えられたようだ。無線システムなども狭い場所に一体化せねばならないTWSでは不要輻射対策も重要だが、デジタルでの信号処理は内部の信号処理プロセスで演算精度が大きく変わる。

ソニーは新しいチップを採用したことで、具体的にどのように信号処理のフローが変わったのかは話していないが、一方でシステム全体の歪み、S/Nが向上したことが音質チューニングを楽にしたことは認めている。

細かな音質インプレッションは、例によってこのApple Musicプレイリストで示した楽曲を聴きながらコメントするが、まずは全体の印象をまとめておこう。

システム全体が低歪みになったことで、高域のS/Nが改善されたのだろう。音場を埋める情報が省略されず、しっかりと出し切られている。”高い音が出る”のではなく、音像の周囲にフワッと広がる細かなニュアンスが素直に出てくる。

こうした中高域から高域にかけての情報量が増加している一方で、そこに”耳障り”な付帯音がまとわりつかないため、エネルギーバランスが上に偏ることもない。そのため、中低域を無駄にプッシュして量感を演出する必要もない。結果として、ローエンドまで素直に伸ばされた低域の質感も上がっている。

もちろん、新ドライバユニットの素性の良さもあるのだろうが、全域のエネルギーバランスを取るためのチューニングが最小限に抑えられることで、曲ごとの音場描写、低域(特にシンセベースの音色の違い)の再現性が高まっていると思う。

”音の質”に関してはもちろん好みもあるだろう。例えばB&OのBEOPLAY EXは、爽やかな抜けの良い中高域から高域にかけての質感と、ドッシリした低域で楽しく聴かせようという意思がありありと感じられる。そうした描写が好きという人もいるだろうが、ソニーはそうした演出から抜けだして、システム全体の品位を上げることに注力したのだろう。

音域バランスはアプリにより調整もできる。と考えれば、やはり基礎体力は重要だと実感する。

プレイリストをベースにしたインプレ

もう少しだけ深掘りして、前述のプレイリストに掲載している曲をベースにコメントをしたい。なお全曲について言及しているわけではないので、その点はご容赦を。

ボン・イヴェールの「Hey, Ma」は広い音場全体に気配を漂わせる濃密な音のアレンジで始まる。控えめな音量ながら、楽曲全体を支える厚みのあるストリングス、ベースラインにリスナーを包み込むような多重録音のヴォーカル。エフェクト音も多く繊細な音作りだ。

楽曲の始まりからサビにかけて増えていく音の数、泉のように湧き上がってくる情報量をしっかりと描き切れるようになったのはXM4からの進化だ。AirPods Pro2も無難に再生し、もちろん付帯音など不快なところもないのだが、サビにかけてのエネルギー量はXM5が上回る。

例えていうなら、細書きの筆で音場を描けるようになった上、描き込み量も増えてより濃密な音場描写が可能になったというところか。もちろん、楽曲側にそれだけの情報量があればの話だが、ストコウスキー指揮の「ハンガリー狂詩曲第2番」で聴き比べれば、その違いは明白。

60年代、真空管のシステムでアナログ録音されたものだが、100人級のオーケストラでの演奏を録音したもので、ソロパートの分離も明瞭など録音の質も極めて高い。そのスケールの大きさ、音像の分離などはTWSらしくない領域にまで達していると思う。

情報が省略されないため、高さ方向への音の抜けもよく、抑圧されたところがないのもいい。クラシック音楽でいえば、ヨーヨーマが参加したバッハの「Trio Sonata No. 6」など室内楽も、爽やかで聴きやすい。

もうひとつ明確に改善していると感じたのは、低域の分解能。正確には主にベースラインの描写力に重要な中低域の描き分けが的確で、音場の中での定位が良くなっている。近年のポピュラー系楽曲で多い、凝った音色、演出のシンセベースが、楽曲ごとにより明確な違いとなって聞こえる。

ビリー・アイリッシュの「Bury a friend」、ザムヴォーロ「In love in the war 」はいずれも硬いゴム質のベース音だが、それぞれに余韻や音色に特徴があり、明確な意思を持って音場の中に定位させている。その描き分けの明瞭さを感じるが、一方でザ・ウィークエンドの「Blinding Lights」のような、やや緩めの広がり感のあるベースも的確にその”大きな鳴り”を再現する。

こうした長所はもちろんシンセベースだけを改善させるものではない。

ジェニファー・ウォーンズの「Way Down Deep」での冒頭、緩い張りのパーカッションが描くウネリのある低音もより正確に追従する。このあたり、ローエンドをカットすることなく伸ばしている。と、わざわざ書くのは、たまに”低域が出てる感”を出すために、あえてローエンドをカットしているシステムもあるから。

流石に音色の描き分けや体で感じる部分までは再現できないが、セルジオ・メンデス「The Look of Love (feat. Fergie)」を聴いている限りラージモニターでなければ再生できないような低音まできちんと再生しようとしていることがわかる。

製品全体のインプレでも言及したが、高品位のハイファイシステムなら、ここに書いたような楽曲の描写は”当然”のものとして求められるところだが、TWSはシステム的に制約が大きくどこかで”誤魔化し”が必要になる、その誤魔化しは進化と共に段々と減っては来ていたが、WF-1000XM5ではさらに一歩”誤魔化しのない音作り”に近づいたと思う。

ステレオ再生最良TWSだけに次の一手が欲しい「空間オーディオ対応」

マルチポイント接続対応など、使いやすさの面でもかなり改良が入っているだけに、ステレオ音源をよりよく聴きたいユーザーにとって、本機は間違いなく第一選択肢となるべき製品だ。音がいいだけではなく、装着感やANC能力などトータルでの性能が高く、弱点は極めて少ない。

細かいことをいえば、外音取り込みモード時、周囲の音の質感が(AirPods Pro2と比べ)ちょっと硬く聞こえ、特にエアコンの動作音などが気になるといった感想は持ったが、トータルの完成度を考えれば些細なことだ。

ただひとつ、スッキリしないのは(ソニーの責任ではないが)新しい楽曲、特に洋楽に空間オーディオで製作されたものが増加し、旧譜に関しても名盤と呼ばれるタイトルが、ポピュラーからクラシックまでジャンルを問わずに空間オーディオ対応が進んでいる中、そのトレンドに乗っていけないもどかしさがある。

ソニーはいち早く立体音響技術を使った音楽製作、再生環境の提案(360 Reality Audio)を行ってきた。360RAはDolby Atmosよりも音楽製作用としては優れた面も多々あるが、再生できる環境は限られている。

本機は360RA再生に対応しているが、配信されているのはAmazon Music UnlimitedとDeezerのみ(日本国外ではTIDALも対応)。対応楽曲数も少なめだ。360RAを好んでDolby Atmosで製作しないクリエーターも一部にはおり、両対応の楽曲も多いものの、一方の形式でしか提供していない場合はDolby Atmosの方がずっと多い。

機能的な違いもあるため、両フォーマットを簡単にコンバートすることも難しい。

もちろん、Dolby Atmosでの配信が最も多いApple Musicでは、専用プロファイルを用いた本格的な仮想立体音響再生はアップルおよびBeatsブランドのイヤホン、ヘッドフォン(およびアップル製デバイスの内蔵スピーカー)でしか行えないという別の制約もあるが、実感としてはアップルの空間オーディオサポートの方が手軽で、体験の質も高いと思う。

デバイスとOS、それに配信サービスまで統合しているアップルと比較するのはフェアではないが、ステレオと空間オーディオでは「体験の質」に格段の差があるだけに、現在のトレンドからすれば、次世代モデルでは何らかの対策が必要になるだろう。


《本田雅一》
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