俺は今、猛烈に後悔している。Apple Vision Pro、無理してでも買っておくべきだった。どうせすぐにはアプリは出てこないだろうとたかを括っていたら、とんでもないキラーアプリが発売初日から出ていたからです。
故ボブ・モーグ博士のレガシーであるMoogシンセサイザーを受け継いでいるMoog Musicの新作シンセサイザーアプリ「Animoog Galaxy」が、Apple Vision Pro専用としてApp Storeで発売されたのです。Vision Proは現在、米国アカウントでしか購入できませんが、このアプリは日本のアカウントでも4500円で買えてしまいます。
▲Animoog Galaxyは、iPadのApp Storeからも見えていて、購入はできてしまった。Vision Proがないと使えないけど
DJアプリはすでに予告されていたし、Meta Questでもいくつか似たようなアプリはあるのでまあ予測はついていたのですが、ガチの楽器アプリはまだまだ先のことだと思っていました。大本命はKORGのGadget。すでにMeta Questで動くVRアプリはDETUNEから発売済みで、レビュー済み。ですが、こちらはUnreal Engineで作られていることもあり、Vision Proへの移植はかなりかかりそうで、出るにしてもVision Proが日本で発売された後かなと予想してました。
そしたら、元祖シンセサイザーのMoog MusicからApp Store公開初日に出ちゃったというわけです。アップルのプレスリリースにもフィーチャーされて。Moog Musicは昨年買収され、米国内の製造工場におけるレイオフが伝えられていたばかりなので、これは完全な予想外でした。
どんなアプリかについては、Vision Proユーザーですでに使っている人の動画が上がっているので、それをご覧ください。iPadアプリなどと同時に演奏させてる動画もあり、すごく楽しそうです。Mac、iPad、iPhone、そしてVision Proネイティブの楽器アプリが並行して動作するとすれば、これは音楽クリエイターとしては超強力と言わざるを得ません。
Animoog Galaxyってどういうシンセ?
一口にシンセサイザーといっても、さまざまな方式があります。Animoog Galaxyがどういったシンセサイザーなのか、簡単に解説します。
Moogシンセサイザーは、現在アナログシンセサイザーと呼ばれるものの元祖的存在であり、三角波、矩形波、鋸波といった波形の発振を電圧で制御し(VCO)、フィルターによる音色変化(VCF)、音量変化(VCA)の3つの要素、ビブラートなどの制御を行うLFOやピッチ操作を行ってさまざまな音色を作り出します。
Animoog Galaxyの音源は、 こうした伝統的なMoogとはちょっと違っていて、Anisotropic Synth Engine (ASE) という、ウェーブテーブルとベクターシンセシスを組み合わせた方式。X-Y軸のそれぞれに特定の音色パラメータを配置して自由にトーンを作っていく楽器が最近では多くみられますが、GalaxyではX、Y、Zの3軸を活用して立体的に音色制御が可能です。これだけでも空間シンセサイザーといってもいいところです。
音色は目の前に立体的なアニメーションとして表示され、それを指で掴んで動かすことにより、リアルタイムで音色変化を反映させることが可能。KORG Gadget VRが3D描画された仮想楽器のノブやスライダーを動かして操作するのとはまた違う面白さがあります。
リアルタイムで演奏できる鍵盤もついています。白鍵と黒鍵のピアノ鍵盤だけでなく、さまざまなスケールに設定することも可能で、ピッチ補正やグライド(音高を滑らかに変化させる)も可能です。
▲音色が3Dグラフィックスで立体表示されていて、その下にはスケール演奏できる鍵盤が。さらに、左右には別のパネルがそれぞれ追加されている。このあたりは1枚のパネルだけのiPadより優位
シーケンサーは鍵盤の動きに合わせたインテリジェントなパターン変化を生成できるのも素晴らしいです。
EG(Envelope Generator)は通常のADSRを拡張したDAHDSRをサポート。ディレイ、ユニゾン、ビットクラッシュ、ドライブなどの豊富なエフェクトも備えています。3つの独立したLFOは遅延スタート、可変波形などの豊富なバリエーションがあります。
そして気になるMIDI。外部MIDIコントローラーの使用も、MIDI OUTも可能。MPE(MIDI Polyphonic Expression)もサポートしています。
▲外部のMIDIコントローラーでの演奏も可能
いつになるかわからない、日本での発売まで指を咥えて待っていることになりますが、なんとか近づくことは可能です。それは、「Animoog Z」を使うこと。
iPadアプリのAnimoog Zの基本機能はAnimoog Galaxyとほぼ同じ。というか、Animoog Galaxyが、Animoog ZをベースにしてVision Proに最適化されたもののようで、後方互換性があります。
そういえば、2011年にiPad版Animoogというアプリを試したことはありました。
▲初代Animoog
それ大幅機能強化したのがAnimoog Zというわけです。
Animoog Zの楽器としての完成度は非常に高く、それはこちらの動画でもわかります。Animoog Zを演奏しているスザンヌ・チアーニは、Moogと並びアナログシンセサイザーのもう一つの大きな流れであるBuchlaの使い手として知られ、この動画でも、MoogではなくライバルであるBuchlaのモジュラーを使っているのがとても興味深いです。
Animoog Zでできることは、ほぼAnimoog Galaxyで可能でしょうから、Vision Proのビデオを共有しながらパフォーマンスするなんてことも、これからは流行るかもしれません。Vision Proを手に入れるまでは、Animoog Zで練習を積んでおくと良いでしょう、と自分に言い聞かせています。
モジュラーMoogがほしい
iPhoneが米国のみで発売された後、Smart Guitarという、ギターソロが弾けるアプリが出たとき、iPhoneは楽器だと主張しました。
iPadが米国のみで発売された2010年から1年後、アップル自らGarageBandを無料で公開したとき、iPadも楽器だと考えました。
2012年にはiPhoneとiPadを使ってテレビや東京ドームで演奏するに至りました。
それから12年が経ち、iPhoneアプリ、iPadアプリがそのまま動くVision Proが米国のみで発売。リリースと同時にMoogシンセサイザーが動いてます。Smart Guitarも、GarageBandもそのまま動きます。MacではLogic Proも動かせるでしょう。Bluetooth MIDIで接続したMIDIコントローラも、ハンドコントローラーが不要なので、そのまま操作できます。Vision Proが備えている視線認識で複数の楽器を縦横無尽に使えるのならば素晴らしいことです。
Vision Proもまた、楽器、そして楽器のためのプラットフォームなのだと、筆者は考えます。
筆者がiPhone、iPadでそうしたように、Vision Proを手にすることで、活動のチャンスを得る人々は必ず現れるでしょう。より革新的なvisionOSネイティブ楽器が登場し、「これで50万円? え、すげー安いじゃん」になると夢想しています。
最後にMoog Musicへのお願い。自分を取り囲むように配置できる、Moog IIIcとかModel 55 Modularとかを作ってください。Minimoog Model-DとModel 150 ModularはiPad互換モードで動いているけど、やはりVision Proネイティブで欲しいんですよね、シンセ好きなら自分の周りに鍵盤の城を作りたいじゃないですか。キース・エマーソン、リック・ウェイクマンみたいに。
▲我が家はまだモジュラーシンセ成分が足りないのでこの上か横にシンセの壁を作りたい