新型 iPad Proを忘れて、純粋にSoCとしてのM4と「その先」について考えてみる(本田雅一)

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本田雅一

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ネット社会、スマホなどテック製品のトレンドを分析、コラムを執筆するネット/デジタルトレンド分析家。ネットやテックデバイスの普及を背景にした、現代のさまざまな社会問題やトレンドについて、テクノロジ、ビジネス、コンシューマなど多様な視点から森羅万象さまざまなジャンルを分析。

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アップルがニューヨーク、ロンドン、上海で開催した、久々にiPadをメインに据えた発表会。製品の概要については、既に十分な報道がなされている上、ウェブにも大量の情報が溢れている。


近いうちに実機でのテストの機会があるため、ここでは少し製品から離れて、新型iPad Proに搭載されている新しいプロセッサについて話を進めていくことにしたい。

写真:ピンク・フロイド「アニマルズ」のカバーアートで有名なロンドン・バターシー発電所跡地にできたApple Store Batterseaで発表会は行われた


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M4について機能ブロックに分けて数字だけを確認すれば、高効率コアが2コア増えたことを除けば、CPUには大きな違いは無いように思える。また、その他のブロックに関しても、コアの数という意味では全く同じであり、果たしてアップルが言うような構成が果たされているのだろうか?と疑問を持っている読者もいるかもしれない。

取材を通じてわかってきたのは、この新しいプロセッサが新型 iPad Proに向けて、特別な性能、機能要件を掲げて開発されたものということだ。

写真:プレスカンファレンスで話す、グレッグ・ジョズウィアック上級副社長(ワールドワイドマーケティング担当)

【大型OLEDディスプレイとM4】

新型iPad ProにはOLED(有機ELディスプレイ)が搭載されるという噂が出始めたとき、OLEDの開発に関して、個人的にはかなり懐疑的に見ていた。採用するには消費電力が大きすぎると思ったからだ。


実際、OLEDを採用したノートPCなどの評判をチェックしてみて欲しい。いずれも消費電力の大きさに悩まされている。

しかし、新型iPad Proが過去のアップル製品の中で最も薄い製品として 登場したことは、OLED採用において消費電力が問題にならなかったことを示す。 その理由となっているのがタンデムスタック構造のOLEDだ。

写真:iPod nanoより薄いM4 iPad Pro

タンデムスタック構造は決して最新のアイデアではなく、以前からテレビ向けなどで試されてきた技術だ。

ただし、構造的には2枚のOLEDパネルが重ね合わされたようになっているため、2つのプレーンを同期させて駆動する特別なディスプレイ回路が必要となる。M4にはこの新しいディスプレイ回路が搭載されている。

写真:M4のディスプレイエンジンはタンデムOLEDをサポートする

これによりアップルがXDRと呼ぶ拡張ダイナミックレンジ仕様の ディスプレイスペックを満たしながら、 従来の液晶並みの消費電力を実現できるようになった。

自発光パネルなので、光っていない領域では電力を消費しないという利点もあるが、それでもトータルで消費電力が問題になっていたのが従来のOLEDだった。

タンデムスタック構造を採用することでピーク輝度(新型iPadでは1000nits、あるいはピーク時1600nits)を引き上げることができたのはもちろん、ピーク輝度領域以外でもでも2つのOLEDが同時に光るため、それぞれがより発光効率の良い領域で作動でき、消費電力を抑えることができる。

さらに発光量を2つの画素に分散させられるため、OLEDをはじめとする自発光ディスプレイで心配な焼き付きの問題を大幅に緩和することも可能だ。

つまりこの構造を採用したディスプレイを採用するのであれば、 価格はひとまず脇に置くとして、OLEDを採用する上でのトレードオフはないと言ってよいのではないだろうか。むしろOLEDを採用することによる圧倒的な画質の向上という利点が際立つことになる。

2つのディスプレイプレーンを連携させながら駆動するために、コントローラーには特別なものが組み込まれているわけだが、この特別なディスプレイコントローラーが、将来的にMacにも使えるのではないか?と考えるのは自然だろう。

もちろんその答えは現時点ではないが、コントローラーは存在していてもMacに使えるほどの大きなディスプレイパネルが用意できなければ意味はない。いずれ採用されるとするならば、それはディスプレイの生産技術が向上した時となるだろう。

新しい製造プロセスに合わせてすべてを再設計したM4

M4は第2世代の3ナノメートル技術に基づいて構築され、M2はもちろんM3に対しても高いエネルギー効率を保つ。

iPad Proの超薄型デザインでもファンレスでパフォーマンスを引き出せる鍵となるものだが、アップルはCPU、GPU、Neural Engine、Media Engineなどのコンポーネントを、新しいプロセスに最適化する形で再設計している。

CPUパフォーマンスはM2よりも最大50%の向上しているというが、大きな理由は 設計がM2、M3に対してアップデートしていることもあるが、省電力コアが2個増えていることが大きい。

そして、この6個に増えた省電力コアで、iPad Proが処理すべきCPUの負荷のうち8割をこなす。つまり、高性能コアはほとんど動かないことになり、M2のCPUが手一杯の処理を半分の消費電力で動作する。地道なアップデートの結果だ。

写真:省電力コアは6個に増えた

それはGPUアーキテクチャも同じだ。基本的な機能はM3搭載のものと同じで、ダイナミックキャッシングやレイトレーシングの高性能化を実現する。ただし「M3と全く同じ」ではない。

改良も行われており、 レイトレーシングのパフォーマンスに関しては最大で2倍になっているというから決して小さなものではない。もちろんグラフィックスのスループットは他の要素もあるため、全体の処理が2倍になるという意味ではないことに注意してほしい。

写真:GPUブロックは大きな変更はないが、性能は上がっている

数字だけを見れば 最新世代の製造プロセスに合わせて新規に設計し直されたものであり、 単純にM3から移植してきた回路で構成されているように見えるが、それぞれは別に最適化と開発が行われているということだ。

一方で、M3搭載のMacを購入したことがある方は残念に思う必要は無い。CPUとGPUの一般的な処理におけるパフォーマンスは大きく違わない。省電力コアが2つ増えた分のピーク性能上昇はあるが、本質的な面では同じ世代に近いと思っていい。

M3にはProやMaxといった選択肢もあるため、 より大きく放熱性能の高いMacBookにおいてM3が大きく不利な面はあまりないというのが取材を通して感じた結論だ。

「より大きな目標」に向けて変わるNeural Engine

一方で、推論エンジンを動かすNeural Engineについては大きな変化がある。M3に対して処理スループットがおよそ2.1倍に上昇しているのだ。

ただし、ここに大きな魔法があるわけでもないと言うのも事実だ。

アップルははっきりとその詳細なスペックについて話はしていないが、同様のスループット向上はiPhone 15 Proに搭載されているA17 Proも同様だ。A17 ProはA16 Bionicに対して最大で2倍のスループットとなっていた。

搭載しているコアのアーキテクチャに変化があるが、コアの数そのものは変わっておらず、また使われているトランジスタ数も大幅に増えているわけではない。

写真:Neural Engineはコア数は同じだが高速化し、より効率的になったという

ここまで言えば、勘の良い方はすぐにわかると思うが、このスループット上昇はより多様な処理において、効率的な処理を行うために精度の低い演算モードを備えるようになったと推察され、A17 Proと同じ改良をM4にも施していると考えられる。

取り扱えるデータ型が増え、より低い精度のデータ型でも動くAI負荷のスループットを増加させるアーキテクチャの変更は、もともと写真画質向上のために主に使われてきたNeural Engineを多用途化する一環とみていいだろう。

Final Cut Proではタップするだけで、4Kビデオの背景と被写体を分離してタイトルと重ね合わせ合成を行ったり、Logic Proで音楽演奏をドラム、ベース、ボーカル、それ以外に高精度で分離する処理を高速に実行できる。


iPhoneのカメラを高画質にするために設計されていた推論エンジンが、より汎用的にあらゆる面で活用されるようになる。より、大きな目標に向けてNeural Engineが変化したといっていいかもしれない。

とりわけアップルはメディア処理に対してこの推論エンジンの活用を進めているが、今後多くのアプリケーションが対応していけば、M3に対する違いも大きくなっていくかもしれない。

しかしながら、現時点で、メディア処理以外の領域でM3から大幅なアップデートがあったかというと、そこは視点による。

新型iPad Proにおいては、同時に発表しているアプリケーションなども含めて、この変化が極めて重要だったことがうかがえる。しかし、Macに搭載されていたとしても、あまり大きな違いはもたらさなかった可能性がある。

M4は やはり新型iPad Proという極めて薄いプロフェッショナル向け、タブレットにおいて大きな意味がある設計なのだと思う。

(おまけ)M4にまつわる邪推

Mac Studio向けに登場が期待されているM3 Ultraの前にM4が世の中に出たことに関して、少しばかり心が揺れるMac愛好家もいるかもしれない。しかし、前述したようにMac向けにはM3ファミリーで十分にカバーできるのではないだろうか。

M4における最も大きな利点は、結局のところ省電力なのだと思う。もちろんiPad Pro向けには特別な意味のある改良も含まれているが、Macと言う視点であればまた別ということだ。

ところで iPad Proが発表された会場では、新型iPad ProにiPhone 15 Proを4台ワイヤレスで接続し、4K HDRの映像ストリームを同時に4本取り込むデモンストレーションが行われていた。

写真:4K HDRの映像ストリームをiPad Proに4本同時で取り込むデモ

これだけ多くのストリームを同時に受け取りながら、全てを記録しておき、後からスイッチングするというもので、マルチカメラの動画ワークフローを実に最小限の機材で実現することができる。

アップルが本気であることがわかるのは、 マニュアルでの操作が容易な プロフェッショナル向けの動画撮影カメラアプリFinal Cut Cameraを年内にリリースするとしていることだ。上記のデモンストレーションはその新しくリリースされるカメラアプリと、Final Cut Proを組み合わせて実現されるものだ。

Apple Vision Proと安易に比べるものではないが、より多数のカメラをハンドリングするとはいえ、その多くがモノクロのヘッドトラッキング用映像であることを考えると、あるいはM4を用いれば、コンパニオンチップのR1なしでApple Vision Proと同様のヘッドトラッキングや空間映像再現機能を備えられるのではないか?などと邪推してしまった。

実際にそんな機能が内蔵されているかどうか一切わからないが、まだこのチップには判明していない何かが残されているように思えてならない。

またタンデムスタック型OLEDに対応するということは、2つのOLEDプレーンを同時に制御するディスプレイコントローラーがあるわけで、Apple Vision Proに必要な2つの4K OLEDパネルと何らかの関係がありそうな、なさそうな。

あるいは年内に発売されるだろうグローバル版のApple Vision Proには、M4が搭載された軽量版の登場もあるのでは?なんてことを、初代iPhoneとiPhone 3Gの関係を振り返りながら夢想している。

《本田雅一》

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